2009年7月26日日曜日

指編み

今日はNY州立公園の山にマウンテンバイクを友達と夫と三人で乗りに行く予定でしたが、山の天気予報が午後から雷雨らしいので来週に延期しました。
久しぶりに何も予定のない日曜日。 さてどうするか。

結局二人で芝刈り、洗濯・乾燥(6回分)をして終わりました。 
そう言えば洗濯と言えばこちらの人は溜め込み式です。 私も留学生として来た当初は三日に一度、半年後は一週間に一度になり結婚後は二週間に一度になってしまいました。 
郷に入れば郷に従え、、で下着やシャツのストックは一ヶ月洗濯無しでもやっていける数です。 ちなみに夫は3ヶ月全く洗濯無しでもやっていけるだけの膨大な数の下着ストック有りです(^_^;) 私がそうさせたんじゃありませんよ~。 これは彼の独身時代からの習性。 タンス二段分を占領しているパンツ群を見るのは壮観です。

床に紐らしきものが落ちているので拾い上げたが何の為のものかよく分かりません。 キーホルダ? 夫に聞いてみると『あれっ こんなものまだあったんだ』
脱出用のパラシュートへ付ける付属品でした。 丁度良い紐が無かったので随分前に紐を2本使いで自分の指で編んで作ってしまったそう。 へぇ-!? 結構器用だったんだ-と感心。

もっと長く編むと私にはもう帯締めとしか見えません。 お願いしてみたら即却下されてしまいました。 それにしても大男の夫が ちまちまと指で紐を編んでいる所を想像するとおかしくて。

譲られるもの

夫にこれはお祖母さんの着物、これはお母さんやひとみ叔母さんの着物や帯、、と説明すると目をまるくして驚きます。 アメリカでは衣服を譲られるなんて子供服くらいです。 

自宅中のガラクタをかき集めて売るガラージセールで子供服はよく目にするそうです。 友達の家のガラージセールに行った事がありますが、使いふるしのひび入りマグカップ(いったい誰が買うんだ~?)や20年物くらいの電子レンジ、半カケた水槽などなどありとあらゆるものが廃価で売られていて面白いです。

とにかくお祖母さんの代からの服を着る事が出来るなんて考えられない事なので、 外出先で着物の話を振らた時にこの服はお祖母さんのものだったと説明したりすると目をむいて驚かれます。

浴衣一つ取っても古くはなっているもののよくこんなに綺麗に保存してあったなぁ、と見るたびに驚きます。 お祖母さんの着物類の管理を一挙に担ってくれたひとみ叔母さんには感謝です。 
私も着物の風通しを頻繁にしてあげなければ、と思いました。 ただ、私の風通しとは着てしまう事です(^^;)

2009年7月25日土曜日

お祖母さんの絽

夕方は夫の同僚さんの家へディナーへ呼ばれました。 ひとみ叔母さんから頂いたお祖母さんの絽を着ていくことにしました。 天気がとても良く涼しい浴衣で行くことも考えましたが夜遅くなると冷えるかも、と思い長襦袢を着て着物で行くことに。

とても身丈が短くおはしょりはほとんど帯の下へ隠れてしまいます。 
前回の実験で対丈で着ても着崩れがほとんど無いことも分かったので全く平気になりました。裄も七分丈くらいしかないのですが腕をちょっと曲げ気味にしてにょきっと出さなければ大丈夫。

お祖母さんの浴衣といい、この絽といい、ひとみ叔母さんが箪笥から出してきてくれた時一目見惚れしてしまったのでお祖母さんとは趣味が似てるのかもしれない。 お星様になってしまったお祖母さんとは確認のしようがないのですが。



ポールさんは門を入ってから家までなんと車で5分もかかる広さの敷地に住んでました。 去年引っ越してきたのでいろいろと家の修理に忙しく、壁をこわして、床を張り替えて~と全部自分でやっているそうです。 
前住人が馬を飼っていて馬小屋付きですが馬はいないので、アルパカでも飼ってよ~と頼んでみました。 アルパカ、一度撫ぜてみたいものです。
ディナーは男の手料理でラザニア、サラダ、デザートにパンプキンパイをおいしく頂きお腹はパンパンです。

2009年7月23日木曜日

空手道場4週目

夕方は空軍の空手道場で4度目のレッスン。 初級クラスの人数が少なかったので中級クラスへ混じり攻撃とブロックの型をペアで行うという今までにない高度なレッスンでした。 
ここで 今までバラバラに練習していた攻撃とブロックが今やっと一つに大きな絵になった感じです。

3通りの攻撃に3通りのブロックを流れにして攻撃側とブロック側を交互に行います。 
ペアを組んだ中級クラスの初対面のブロンドのお姉さんと センセイのマイクが丁寧に教えてくれるのでクラスが終わるまでには一応見た目、型になってました。 一番最初のイエローベルトの試験にはこのような型もテストされるそう。 

この一連の型の動き、何か舞踊・踊りと共通点があるような。 

型の名前も日本語、型をカウントするときもセンセイマイクは日本語で、『イチ、ニー、サン、、』 とカウントします。 道場にはアメリカ国旗と共に大きな日本国旗や掛け軸などもあり私にはアットホームな場所となりました。 

2009年7月22日水曜日

うさぎパラダイス

今朝、『あっ ウサギ、待て!』 という夫の声。 ガラージの前で何匹か遊んでいたそうです。

プールサイドの芝生を最近刈らずにいたら、うさぎパラダイス化して子うさぎ3羽を連れた5羽の大家族でクローバーの葉を食べてたりします。 

ここからは一匹だけ子うさぎが遊んでいるのが見えました。 (写真をクリックすると拡大可能)

2009年7月20日月曜日

レバノン料理と絽の着物

今日は友人とのディナーに絽の小紋で行ってきました。 行き先はちょっと変わってレバノンレストラン。


レバノン料理はひさしぶりです。 シークカバブ系の肉ばっかりのイメージがあってあまり気乗りがしなかったものの、自分と同様に食い意地が張った友達が『どうしてもレバノンレストランがいい!』と言い張るので今回は妥協。

夕方は気温は25度くらいでそれ程暑くはないけれど、絽の着物と麻混絽の長襦袢でも帯を巻いていると時間がないあせりで汗がにじみ出てきます。 
東京のニューサンオーホテルのおみやげ屋で買った古着のざっくりした帯をはじめておろしたら案の定、勝手が分からずますます汗だらけ。 時間が無い時に初めての帯をおろすのはNGだ。 

レバノン料理店は以外にヘルシーメニュ-。 グリルしたナスやゴマのペーストを薄皮パンに付けて食べる前菜から始まり、フェタチーズのサラダ、メインはラム肉とオクラの煮込みを選びました。 
月曜日で比較的お客さんもあまりなくゆっくり2時間くらい居座り話して今回は友達の選択が正しかったという満足なディナーとなりました。 
レバノン料理ってこんなにヘルシーなメニューがたくさんあるとは目から鱗。

着物写真は帰宅後写しましたので乱れてますが。 
今日はどうしてもピンクを入れたい気分だったので絽の帯揚げどころか 冬でも使うものを入れました。 まあその辺はゆる~く自分なりです。 

ちなみに、晩御飯一緒に食べた友人はこの間、お太鼓で行ったら『枕 しょって来たのかと思った!』 という珍妙な発言をしてくれた友達。 角出しはお太鼓より気に入ったらしく評判良いです。
こちらも夏に暑苦しい帯枕使わずに済むのでお互いGood。

しかし、、写真を良く見ると長襦袢の衣紋抜きが後ろから透けて見えてしまってますね。 これは困った。

2009年7月19日日曜日

究極の選択

今日はプールの水の水質検査。 夫がプールから水をビーカーでサンプリングして化学の実験のようにリトマス紙をいれなにやら測っている。
その後、彼はプール掃除をはじめたが私は薄情にもデッキのハンモックで狸寝入り。 なぜなら昨日のバーバリア祭りでビールを飲みすぎあまり気分が良くなかったのです。 

毎年恒例のバーバリア祭りは地元のドイツ人会の人たちが南ドイツの民族衣装(アルプスの少女ハイジの世界)を着てドイツのフォークバンドの演奏で夜がふけるまでビール飲んでドイツ語で歌いながら輪になって踊りまくる。 日本人には盆踊りに似た雰囲気でしょうか。 ドイツに4年滞在してドイツ語も話す夫は毎年楽しみにしてたりする。

5メートル程もある大きなホルンの演奏も聴けて面白かったです。 ホルンは山に登った時などに周りの村との連絡用に使うと説明していましたが、山登りにあんな大きなホルン担いで登りたくはないぞ。 きっと場所によって持っていくホルンの大きさがあるのでしょう。(と思いたい)

プール掃除も終わったようでゴミ避けと夜の水温低下を防ぐカバーをかけるから手伝ってと言うのでプールの両端へカバーをかけていると、、突然足の着地点にあるべき床=岸が無いのに気が付いた。 
そう、ボケッと歩いていたものだからプールの岸から足を踏み外してバランスを崩し今にもプールに落ちそうになってる自分がいるという現実。  ほんの一瞬の事だけれどプールに落ちるまでが永遠のように感じる。 

その時の頭の中:
1.今落ちたら いきなりプールに落ちたと笑われ一生夫にからかわれるのがオチ。
2.何とか岸側に倒れこむ事も出来そうだけど 水に落ちた方が痛くはなさそうだ。
3.あっ、でも今朝シャワー浴びたばかりなのにまたシャワーか、、。 それに一生からかわれるのはやっぱりヤダ。

以上の事を脳内で一瞬のうちに考えてました。 で、無理して岸側に倒れ、弾みで転がり痛かった!
プールに落ちる事こそ避けられましたが足を擦りむいて流血の惨事となりました。  シクシク、、、笑われるの覚悟でプールに落ちてればよかったよ~。

挙句、夫からはコンクリート側に倒れるなんて君の戦略はマズイね~、怪我するリスクの方が大き過ぎる。 素直にプールに落ちるべきじゃなかったのかと真面目に感想までもらう。

でも人間って不思議ですね。 いざとなった時は一瞬でいろいろな事を考える事が出来るのですから。

2009年7月17日金曜日

芝刈り機と十円ハゲ

先週はじめて芝刈り機に乗せてもらい庭の芝を刈ってみました。 
意外と綺麗に刈れたので調子にのって今日はひとりで芝刈り機に乗り芝を刈ること3時間。

刈った後よく見ると 庭に十円ハゲが出来てる~!! 芝の長さを調節する所を下手くそにいじったので短く刈り過ぎ一部地肌が見えてるところも。

うっうっ、、綺麗な芝生をこよなく愛する夫が帰ってくるのがコワイ。

2009年7月14日火曜日

拾い物


いつもの5kmコースをジョグ&ウオークしていたら前方にかわいい犬発見。 首輪をしてるし飼い主はどこ? でも人影がありません。 どうやら一匹でどこかの家の敷地から出てきてしまったらしい。 本当は撫でたいけどそのままついて来ちゃったらますます迷子になってしまう、と心を鬼にしてそのままずんずん歩って行くと後ろをついてくる。 10分くらい歩いたらとうとう家に着いてしまいました。 犬も一緒。
仕方無いので撫ぜながらよく見てみると名札がついています。 名前はビスケット。 かっ、かわいい!

人なつこく決して吠えたりしないおりこうさん。 名札に電話番号も書いてあったので早速飼い主宅へ電話しても留守電で誰も出ない。 お宅の犬が私の家までついてきちゃってとりあえず今は庭で遊んでます!と住所と電話番号を入れたメッセージを残す。
喉がかわいているようなので水をあげて(実は犬飼った事が無いので何をあげて良いのか分からない)、ボールを投げたりして一時間半程一緒に遊ぶが飼い主から連絡は無し。 夫の勤務先にも連絡して夫からも飼い主宅の留守電へメッセージ入れてもらった。
そのうち天気が悪くなり雨が降ってきたので、犬が濡れないようガラージを開けっ放しにして自分は汗を流しにシャワーを浴びに。 シャワーから出てガラージを見ると、ビスケットはもういなかった。 あわてて近所を車で流してみてもビスケットは見つからない。 
ちゃんと自分で帰れたのかなぁ。 夜になっても飼い主からは連絡が無かったのでおそらく自力で戻ったのだろう。 
あのコはジャックラッセルテリア(写真はネットからの借り物で同種の犬、ビスケットちゃんではありません)だし手入れもしつけも行き届いている感じだったのでまさか捨てるつもりは無いハズ。

さすがにその夜は気になりグーグルのストリートビュ-で飼い主の電話番号から割り出した住所を検索すると、なんと私のジョグ&ウォ-クコース途中の見覚えのある家でそれ程遠くではなかったのです。 これで少しは安心。

で、今日走っているとその家の前にビスケットが居ました。 よかった! 無事だったんだね。 
でも二度も留守電にメッセージ残したのに何も言ってこない飼い主ってどうなんだろう。 しかもビスケット、また道路に出てるし。
心配だ~。 

2009年7月12日日曜日

文化の違い

先日は日本に滞在した事のある友人と話していた時、東京の街中で見る日本人女性は綺麗だけれどまるで不幸を背負ったみたいに顔つきが険しい人が多いね、、という話になりました。

そういえば日本滞在中、いきなり立ち止まった若い女性にぶつかりそうになった時、こちらでは目があった時にはお互いにこっと微笑みながら『エクスキューズミー』と立ち去るのが定番ですが、微笑みかけてもすごい勢いでにらまれビックリしました。 
目をあわせる事自体がガンをつけたとかいう事でタブーなのでしょうか? すれ違った後夫も『どうしてあんなに怒っているの?』と不思議がってました。 とにかく笑顔が少ない!と思うのです。
人と人とのコミュニケーション、笑顔でスムーズにいきましょうよと言いたい。 もちろん怒った人ばかりでは無い素敵な人もたくさんおられました。 でも自分も含め日本人にはコミュニケーションは永遠の課題ではないかと思うのです。

コミュニケーションについては結婚前に夫からもかなり言われ、自分を他人に分かってもらうのは自分自身の義務であるというアメリカ式の考え方に慣れるまでは在米8年の私でも悪戦苦闘。 今でも自分にも他人にも正直になる事は時に日本人のアイデンティティと相容れない部分もあるので日々戦いです。 

例えばどうしてすれ違いざまに目を合わせ笑顔が出るのか、それはこちらは何の敵意もありませんよ!っという意思表示なのです。 おそらく多国籍国家の為いったい何者がいるのか分からないので自己防衛から生まれた習慣なのかもしれません。
その点、長い間ほぼ単一民族だった日本ではそうした必要が無かった為に怠惰になってしまったのかとも思います。

今、一つ嫌いな言葉は日本の 『KY - 空気よめない』。 これだけは日本人のアイデンティティを捨てきれない自分にとっても馬鹿馬鹿しく情けないと思える言葉の一つです。 
人に空気読んでもらおうとしてKYと言って他人を批判している人はなぜ自分で他人に説明する努力、コミュニケーションを怠り人に空気を読んでもらう事を求めるのか? 
いい年した大人がKY、KY、、と言っているのを聞くと日本の将来はどうなるのか? と海の向こうから不安になります。